2015年1月30日金曜日

1月30日(金)



本日の給食です
<献立>
 きのこのすまし汁
 すき焼き風煮
 揚げ出し豆腐 甘酢あんかけ
 ツイストマカロニサラダ
 カリフラワーのかつお和え


 今日は世界各国の学校給食についてお話します。
 ドイツは、貧困な児童にスープを与えたのが学校給食の始まりと言われています。アメリカでは、たくさん作りすぎた農産物を政府が買い上げ、無償で学校に配給することで、農家や子供たちを助けました。イギリスでは、貧困児童給食協会が設立されて、社会事業として開始されました。今では政府の手を離れ、民営化されました。韓国では、朝鮮戦争が終わり、ユニセフなどの支援物資を供給したのが始まりとされています。その後約20年間、外国の援助による学校給食が実施されていました。
 このように世界各国で、食事が出来ない子どもたちを救うことから給食は始まりました。それからさまざまな人々の努力によって、給食の内容はどんどん変化してきました。 また、時代とともに学校給食の役割も変わっていき、今では給食はどの国でも、食の大切さを伝える大切な学習の場となっています。
 

2015年1月29日木曜日

1月29日(木)




本日の給食です
<献立>
 じゃがいもの味噌汁
 鶏肉の磯辺揚げ  ソース焼きそば添え
 ひじきと大根の炒り煮
 ほうれん草の和え物
 グレープフルーツ


 今日も引き続き、学校給食の歴史についてお話しします。
 昭和21年12月24日から世界各国の援助により、学校給食が再び開始されました。この頃の給食はパン給食でした。飲み物は「牛乳」ではなく、「脱脂粉乳」でした。当時の脱脂粉乳(スキムミルク)は、現在のものと比べると、粉が溶けにくかったり、香りが少し違ったりと、牛乳に比べて飲みにくかったようです。
 昭和40年代に入ると、よく給食に登場したのが、今はなかなか手に入らないくじらの肉です。当時、くじらの肉は子どもたちにとって大喜びのメニューでした。また、この頃から牛乳が供給されるようになりました。
 その後、昭和51年度から米飯給食が導入され、給食のメニューの幅は飛躍的に広がりました。今では、学校給食は「学級活動」のなかに位置づけられており、教育活動の一環として貴重な役割を担っています。

2015年1月28日水曜日

1月28日(水)



本日の給食です
<献立>
 チンゲン菜の中華スープ
 八宝菜
 マロニー中華風サラダ
 ソース豚串カツ
 大豆の五目煮


 今日も昨日に引き続き、学校給食の歴史についてお話しします。
 昭和16年頃から第二次世界大戦が激しくなってきて、食べるものも無くなり、給食も続けることが出来なくなってしまいました。
 昭和20年8月に戦争は終わりましたが、日本中の子供たちはやせ衰え、いつもお腹をすかしていました。栄養失調で亡くなる子供もいました。食べるものと言えば、さつま芋やごはん粒がほんの少し入った「おかゆ」のどでした。
 このような日本の子供たちの悲惨な様子を見て、昭和21年12月24日にクリスマスプレゼントとして、世界の国々から脱脂粉乳や缶詰や小麦粉などの給食物資がたくさん送られてきました。そしてこれらの食べ物を利用して、戦争によって中止されていた給食も、再び作られるようになりました。
 現在、この時期は学校の冬休みと重なるため、1ヶ月遅らせて毎年1月24日頃から1週間が学校給食週間となりました。

2015年1月27日火曜日

1月27日(火)




本日の給食です
<献立>
 うどんだし
 白身魚の天ぷら
 うどん ワカメ 三角いなり
 大根とイカの煮物
 キンピラごぼう
 水菜のゴマ和え


 今日から学校給食の歴史についてお話していきたいと思います。
 学校給食は、今から118年前、明治22年に山形県鶴岡町の忠愛小学校で、お弁当を持ってくることができない子どもたちのために、お昼ごはんを出したことから始まりました。
 忠愛小学校は、その当時の子どもたちがお寺に集まって勉強する寺子屋のような形の学校でした。その時のメニューは、「おにぎり」「漬け物」「鮭の塩焼き」でした。
 その後、学校に来ることのできない子や体の弱い子を救うために全国各地で給食が始まりました。しかし、戦争がだんだんひどくなり、食べ物がなくなってきたので、戦争が終わった時には、給食を出せる学校はなくなっていました。食べるものがない子どもたちの中には、栄養が足りなくなったり、病気になったりした子どもがたくさんいたそうです。

2015年1月26日月曜日

1月26日(月)



本日の給食です
<献立>
 豆腐と油揚げの味噌汁
 煮込みハンバーグ  マカロニソテー添え
 大野里芋と結び昆布の煮物
 レンコンとキャベツのサラダ
 ほたて風フライ


 みなさんは学校給食がいつの時代に始まったか知っていますか?またその頃の給食にはどんなものが出ていたのでしょうか。実は学校給食の歴史には色々な事があり、さまざまな人々の努力によって変わってきました。
 これからの1週間は「学校給食週間」ということで、学校給食の歴史やまつわる話をしていきたいと思います。また、みなさんのリクエストにお答えした献立を2月に提供していきたいと思います。
 この時期に給食について色々考えてみましょう。

2015年1月23日金曜日

1月23日(金)



本日の給食です
<献立>
 ポークカレー
 ベーコンポテトバーグ  ブロッコリー添え
 コールスローサラダ
 福神漬け
 ナタデココパイン

 

 今日は福井の冬に重要な保存食とも言われている「へしこ」についてお話します。 へしこは、サバやニシン、フグなどを塩と糠(ぬか)に漬け込んで作られます。魚を樽に漬け込むことを福井の方言で「へし込む」と言い、これを略して「へしこ」と呼ばれるようになったそうです。
 発酵食品である「へしこ」は、ミネラルやアミノ酸をバランスよく含む健康食品でもあります。鯖などの青魚に含まれるDHAや、糠に含まれるビタミンなども、体によい影響を与えてくれます。
 また、加工前の鯖に比べて「へしこ」は、アミノ酸が2.5倍、ペプチドは5倍もの量になります。この大量のペプチドが血圧上昇を抑える働きをしてくれます。そのことを裏付けるように、長年へしこを食べている福井の人々は血圧の問題を抱えている人が少ないそうです。福井の郷土料理のへしこは健康長寿にも効果的だったのですね。

2015年1月22日木曜日

1月22日(木)


本日の給食です
<献立>
 切り麩とワカメの味噌汁
 手作りソースカツ  キャベツサラダ添え
 ジャーマンポテト
 白菜と油揚げの煮浸し
 オレンジ


 今日は福井の名物料理とも言える「ソースカツ丼」についてお話します。
 一般的に「カツ丼」といったら、揚げたカツを卵でとじたものを想像する人が多いのですが、私たち福井県民はソースにつけたカツをご飯にのせてある「ソースカツ丼」を思い出す人も多いと思います。実はこの食文化は主に福井県だけで根付いているそうです。
 ソースカツ丼の歴史は大正時代までさかのぼります。福井県出身の高畠増太郎さんという人が、ドイツで料理研究をした後に日本人が喜ぶ味になるように工夫して、東京で開かれた料理発表会で初披露したのが「ソースカツ丼」と言われています。その後に、福井県に持ち帰り「ヨーロッパ軒」というお店で始め、福井県内で広がりました。  今では福井県の名物料理となって他の県からも食べに来る人もいるほどだそうです。